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福岡高等裁判所 昭和30年(ラ)9号 決定 1955年10月21日

抗告人 友貞伝四郎

訴訟代理人 香田広一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由の要旨は、由来抗告人家は農業によりその家計を樹て、水田一町九反余(原審判添付目録第二乃至第五記載の田地)を耕作していたが、抗告人等の被相続人亡友貞儀三郎は生前牛馬商を営んでいた関係上、家業の農業には殆んど従事せず、右儀三郎の配偶者で抗告人の母である友貞ツルも亦農繁期に唯わずかの手伝をなす程度にしか過ぎなかつたので、その長男である抗告人夫婦において全責任を負い過重な労働に服し家計の全部を賄い、両親の扶養は勿論弟妹の世話をも一手に引き受けていた。ところで母ツルは勝気で不当に権力を振う異常性格の持主で、夫である亡儀三郎に対しても服従心に乏しく自分の思うようにならないと常識外の狂的行動を採り、そのため儀三郎の生存中も夫婦間に風波の絶間なく、儀三郎の死亡後は一層その性癖が募り、抗告人の身廻品を隠匿したり或は炊事道具を他に片付けて使用させず、又は農繁期に先に入浴を済して風呂水を落してしまい抗告人等の入浴を不能ならしめる等の所為をあえてなし、抗告人は母の右の如き狂的措置のため子女の教育にも困惑しているが、いつの日にか母の覚醒するのを期待し隠忍しつつ前記のように農耕を一手に引き受け、母ツル、妹友貞スミエ及び妹亡橋間ハルの一子友貞哲也等の面倒を見ている実状である。

右のような次第であつて、今仮に本件相続財産である前記田地を抗告人以外の相続人に取得せしめるとしても、

(一)母友貞ツルは、既に老令で従来の稼働状態からして自ら今俄かに農耕に従事することは、いうべくして不可能である。

(二)弟友貞儀四郎は、佐賀少年刑務所看守として多年勤務し農耕に従事していないので、これ亦今俄かに農業に従事することは到底不可能である。

(三)妹友貞スミエは、女性であつて農耕には全く経験がなく且多年洋裁の業務に携つているものであるから、今その職を捨てて農業に転ずることは全くできない実情である。

(四)加之母ツル、弟儀四郎、妹スミエ等が今農耕を始めるとすれば、新に農機具の購入は勿論農業向きの家屋の新築又は増改築等諸般の準備を必要とするが、現在いずれもそれ等の気配は全くなく将来も恐らく営農の考えはないものと思われる。

そうだとすれば、以上三名の者に田地を与えても究極するところ、他に売却するか小作に出すか、いずれかに落ち付くことは看易い道理であつて、折角今日まで培われた抗告人家の財産は他に散逸し、被相続人の意思にも添わないことになる。

他面抗告人は原審判に従つて母ツル、弟儀四郎、妹スミエに田地を引き渡すとすれば、従来の一町九反余の耕作田は約一町二反歩に減ずることとなるが、

(一)一町九反余を耕作していたときでも、家族(母ツル、妹スミエ、甥哲也をも含む)の教育扶養、農機具及び肥料の購入、馬匹の飼育、諸税金の納付その他の諸雑費を支出すれば、ようやく収支相償う程度で纒つた貯蓄もできなかつた。

(二)然るに今耕作田を一町二反歩に減ずるとすれば、従来の営農設備はそのため何等の影響も受けないが、収支は減反に比例して減少することになるから、抗告人の収支は一層苦しくなる。それに百数十万円の債務を負担することになるから、これを完済することは尋常の手段では不可能であり、結局ジリ貧の経路を辿つて掲句の果は破滅の運命に逢着するであろうと予想せられる。

(三)ところが抗告人は、被相続人亡儀三郎の長男であつて本家に居住している関係上、自然父祖の祭祀もしなくてはならない立場にあるが、右のように破滅を来せばそれさえも営み得ない非境に陥ることになり、かようなことは勿論被相続人の意思に反するのみならず、抗告人家の不幸はこれより大なるはない。

以上の不合理を調和し、被相続人の意思を尊重し、抗告人家の没落を防止するには、

(一)抗告人が従来耕作している本件農地の全部を抗告人の所有とすること。

(二)母ツル、弟儀四郎、妹スミエ三名に対する原審判判示の田地に対しては、抗告人から原審判認定額の金銭を相当期間に分割弁済をする。

(三)相続財産分割後は、母ツル、妹スミエ及び甥哲也はそれぞれ独立の生計を立てるから、抗告人は同人等の扶養に要した経費を更に能う限り耐乏生活に切り替え、それによつて浮いた剰余金をもつて抗告人の右債務弁済にあてる。

かくすることによつて抗告人以外の相続人全部が最も円満に被相続人亡儀三郎の遺産を相続することができると思料する。

唯抗告人だけは相当窮乏に陥るとしても、相続財産を散逸せしめず父祖の祭祀も無事に営み行くことができるものと確信する。

然るに原審判は思いをここに致さず、前記のように明らかに相続財産たる田地の散逸を来し被相続人家の没落を招く虞れあるが如き審判をなされたのは、抗告人の到底服し能わざるところであるから、原審判を取り消し更に抗告人の前記主張に添う審判を求めるため本件抗告に及んだというにある。

よつて按ずるに、記録についてみれば本件遺産中、田地は全部で二十二筆計一町九反一畝十五歩、畑地は全部で五筆計五畝二十九歩であつて、原審判においては、抗告人が被相続人の死亡前から農業経営の中心となり実際上農耕に従事し、相続開始後もその家業を継ぎ前記農地全部を管理経営して来た事情を考慮して、右農地の大部分に当る田地十一筆計一町一反八畝歩余及び畑地四筆計五畝歩余を抗告人に取得せしめ、もつて被相続人の遺業を承継せしめることとしたことが明らかであるところ、抗告人は、原審判に従えば耕作田地の減反に比例して収入の減少を来し他の相続人に対する百数十万円の償還も容易でなく祖先の祭祀も営むことができなくなり、ひいては一家破滅に陥る旨主張するので、その減反による収支について考えてみるに、抗告人が原審判により取得すべき分とされた田地一町一反八畝歩余を耕作するとして、反当り玄米八俵(反当り平均玄米八俵の収穫のあることは抗告人の原審における陳述によつて明らかである)で計算すれば年間約玄米九十俵の収穫を挙げ得ることになり、更に裏作たる麦、空豆、菜種類の収穫を考慮に入れ、これを抗告人の陳述する如く、本件遺産に属する田地全部を耕作していた昭和二十八年度の供出割当玄米三十六俵に対し玄米約百俵を供出した実績に徴するときは、前記程度の耕作田地の減反によつて収支相償わない結果を来すものとも思われず、他の相続人に対する相続分の金銭償還年額金二十四万六千円(総額百七十四万二千円の七年年賦)を控除しても、なお抗告人の住所である佐賀地方の平坦部において家族五名を擁する農家の農業経営の採算がとれないものとは到底認め難いところである。

又本件記録によれば、抗告人の母友貞ツルは既に老令に達し自ら耕作に従事することは困難であろうことは、抗告人の主張するとおりであるけれども、原審判において右ツルに取得せしめることとした田地は僅かに一筆一反二畝歩に過ぎないのみならず、同人は被相続人の配偶者として永年農家の主婦の立場でその家業を扶けて来たものであり、現在も抗告人方に三女友貞スミエ及び長女亡橋間ハルの一子友貞哲也(佐賀商業高等学校在学)と共に同居しているが抗告人もいうように本件相続財産分割後は、母ツルは妹スミエ及び甥哲也と共に抗告人とは独立してその生計を立てざるを得ない状況であるから、その際にわかに田地を失い老後の余生を送るのに配給米を求める境遇に置くのは、いささか憫然たるものあり、仮に右ツルにおいて自らの手で前記田地を耕作することができないとしても、隣人又は親族その他から適当な補助者を得てこれを耕作することは左程困難ではないと認められる。次に抗告人の弟友貞儀四郎は、昭和二十三年以来佐賀少年刑務所に看守として勤務しているものであるが、かつて農業に従事した経験を有するので、その勤務の余暇をもつて家族に協力すれば、原審判においてその取得分として定められた田地三筆計二反九畝歩余及び畑十九歩の農地を耕作することは必ずしも難事ではない。唯抗告人の妹友貞スミエに対しては原審判によれば、その取得分の田地は八筆計三反十七歩と定められ、独身の女性であつて現に佐賀市内の洋裁店に勤務する同人にとつては、右分割方法はいささか当を失するが如き感がないではないが、飜つて思うに同人は現在月収約七千円の中から母ツルの生活費及甥哲也の学資等を支出しており、その相続分としては前記田地の外には金一万二千円を取得するに過ぎないこととなつているので、格別資産を有しない同人としては、将来婚姻に際してその特有財産として右田地を保有することは、同人の環境が農家の男子と結婚する公算の大であることを考慮するときは特にその幸福のために大いに役立つであろうことが考えられるから、この意味においてむしろ妥当の措置といえるのであつて、以上三名に対する現物分割の方法はあながち被相続人の遺産を散逸せしめその意思に添わない不当の措置であるとはいい難い。

してみれば、原審判において本件遺産中の一部を抗告人以外の前記三名に分割取得せしめたことをもつて、実状に添わない不合理な措置であるとしてこれが取消を求める抗告人の主張は採用に価しない。

なお抗告人は、本件遺産分割の方法としては、遺産のうち田地全部を抗告人の所有とし、他の相続人全部に対し抗告人から各その相続分相当額の金銭を相当期間に分割弁済することが最も妥当であると主張するので考えてみるに、なるほど遺産の大部分が農業資産である場合の分割方法としては、その零細化を防止するため事案によつては左様な方法を採るのを妥当とすることもあろうけれども、本件の場合においては前記説示の理由により、必ずしもその分割により農業資産を細分化し各相続人の生活を脅かす虞れがあるものとは考えられないのみならず、むしろ抗告人主張の如き分割方法を採らんか、抗告人において本件田地の耕作による収入から他の相続人に償還すべき相続分相当額は原審判におけるよりも更に著しく増大しこれを償還することの容易でないことは抗告人の主張事実自体に徴しても明らかであるから却つて抗告人を窮地に追い込む結果を招くことなきを保せないので、抗告人の右主張も到底採用することができない。

以上の次第で原決定には抗告人主張のような不合理な点はなく結局本件遺産の分割方法としては相当であつて本件抗告は理由がないから、家事審判法第七条、非訟事件手続法第二十五条、民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条、第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長判事 野田三夫 判事 中村平四郎 判事 天野清治)

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